ASR-101という抵抗器をトレーサビリティ付校正に出して照合用標準抵抗器を準備しました。ASR-101は100[Ω]単一の抵抗器です。しかし、DMMの抵抗ファンクションなどを校正する場合には指定されポイントの抵抗値を用意する必要があります。このような場合、照合用標準抵抗器の持つ値を基準として抵抗値範囲の拡張を行います。
値を拡張するためには、それぞれ異なる値を持った標準抵抗器を用意する必要があります。今回は、0.1[Ω]~100[MΩ]までの10ポイントの抵抗器を用意することにします。これにより34461A等の6.5桁DMMの抵抗ファンクションを校正が可能になります。
標準抵抗器は市販されているものもありますが、1個20万円ほどで非常に高価なものです。企業や研究機関の標準室では常用標準抵抗器とかワーキングスタンダードなんて呼ばれたりするやつですね。全ポイントをそろえようとした場合100万円!となり高価すぎるため、高安定な抵抗器を単体で購入し、ケースに組み込むことで市販品に匹敵する標準抵抗器を自作しました。
以下に自宅内抵抗器のトレサビリティを示します。抵抗器はASR-101を起点として電位差比較法により値を付けます。この時、10:1または1:10の比をもつ標準器と被校正物を比較することにより、抵抗値の拡張が実現できます。電位差比較法による校正方法については、また別の記事で詳しく説明したいと思います。
抵抗器の選定
標準抵抗器として用いる場合、温度係数と経年変化の小さな抵抗器である必要があります。製作した抵抗器は、ASR-101を用いて校正を行い値付けをして用います。そのため組み込む抵抗素子の絶対精度についてはラフな物でも問題がありません。経年変化についてはデータが公開されていないことが多いため、定期的な校正によって値の変化を調べる必要があります。
使用した抵抗器
抵抗値[Ω] | 型式 | 抵抗温度係数 | 抵抗温度係数 |
0.1 | PCYR10000B | アルファエレクトロニクス | 2.5ppm/℃ |
1 | HG Z 1R0000 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
10 | HG Z 10R000 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
100 | HD Z 100R00 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
1000 | HD Z 1K0000 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
10k | HD Z 10K000 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
100k | HD Z 100K00 F | アルファエレクトロニクス | 1ppm/℃ |
1M | PTF651M0000BZEK | Vishay | 5ppm/℃ |
10M | SM102031005FE | Ohmite | 25ppm/℃ |
100M | SM102031006FE | Ohmite | 25ppm/℃ |
1[Ω]~100[kΩ]の抵抗器には、温度係数と経年変化が小さなアルファエレクトロニクス製のハーメッチックタイプの抵抗器を使いました。ハーメチックタイプの抵抗器は、抵抗素子が外気に曝されることが無いように気密封止構造のパッケージに封入されています。これにより、腐食性のガスや水分の付着による抵抗値の変化を防止します。実力的な経年変化は1~3[ppm/年]以下となるものが多いです。1[Ω]と10[Ω]については、4端子構造のHGタイプを使用しています。これらの抵抗器は素子の抵抗値が小さいため配線抵抗成分の影響で温度係数が悪化します。配線抵抗の影響を排除するため予め4端子構造となっている抵抗器を選定しています。
https://www.alpha-elec.co.jp/w2img/202210071547562016071918522467806-HC-HD-HG(J)-final_30May2017.pdf
0.1[Ω]抵抗器には、同じくアルファエレクトロニクス製の電力抵抗器を使用しました。樹脂封入の4端子抵抗器で温度係数が小さいものです。
https://www.alpha-elec.co.jp/w2img/202210101033402016071918245767813_PB-PC(J)_final_24Feb2016.pdf
1[MΩ]はVishayのハーメチックタイプ、10[MΩ]と100[MΩ]はOhmiteのリードタイプの抵抗器を使いました。温度係数ができるだけ小さなものをMouserから選定。抵抗値が高いため、リード線抵抗の影響を受けないので2端子品です。抵抗値の安定性はデータが無いので定期校正により調査していく予定です。
配線抵抗成分の影響
抵抗器の抵抗をRs[Ω],配線抵抗をRc1,Rc2[Ω]とすると最終的に測定される抵抗値R[Ω]は以下のようになります。
$$R=R_{s}+R_{c1}+R_{c2}[Ω]$$
抵抗器の抵抗Rs[Ω]に配線抵抗Rc1,Rc2[Ω]が加算される形になります。配線抵抗の抵抗値が安定していればこれでも問題はありません。しかし、配線に使われる銅は、約0.4[%/℃]の温度係数を持ちます。したがって、配線抵抗Rc1,Rc2[Ω]は抵抗器の温度係数(1ppm/℃)に対して非常に大きな温度係数を持ち、抵抗値へ与える影響が大きいという事が分かります。
Rc1,Rc2をそれぞれ1[mΩ]とすると、周囲温度が1[℃]変化した場合に配線の抵抗値は8[uΩ]変化します。このときRs = 1[Ω]とすると、合成抵抗値は8[ppm]も変動してしまいます。そのため、配線抵抗はできるだけ小さくする必要があります。低抵抗の場合は数mΩの配線抵抗が抵抗値に対して大きく影響するため、抵抗器のパッケージ内で4端子接続されているものを選定する必要があります。ただし、4端子構造の抵抗器は製造するのが難しいらしく非常に高価です。アルファエレクトロニクス製のHGタイプの抵抗器は1個4万円程度しました。。。
ジョンソンターミナルからの漏れ電流の影響
1[MΩ]を超える抵抗値の場合はジョンソンターミナル部分からの漏れ電流にも注意が必要です。ターミナル部分の絶縁抵抗値と抵抗器が並列に接続されるため、絶縁抵抗の小さなターミナルを用いると測定値が小さくなります。また、湿度の影響を受けやすい樹脂(吸水率が高いものなど)を用いたターミナルも避けたほうが良いでしょう。
今回用いたジョンソンターミナルはナイロン製で吸水率が高い樹脂を使用しています。実力的に100[MΩ]程度までなら使えるレベルの絶縁抵抗をもっているようだったのでそのまま利用しました。夏など湿度が高くなる時に抵抗値がどのように変化するかなども調査してみたいと考えています。
抵抗器をケースに入れる
タカチのアルミダイキャストボックスTD4-6-3Nというケースを使用しました。ジョンソンターミナルは千石電商で購入したφ12mmのニッケルメッキ品です。
同じ加工を複数行うため、量産用の穴あけジグをアクリル板で製作しました。このジグはアルミダイキャストボックスにピッタリはまるようになっており、予めアクリル板に開けられた穴をガイドにアルミダイキャストボックスにジョンソンターミナル固定用の4つの穴を開けることができるようになっています。
抵抗器をジョンソンターミナルにはんだ付けします。この時、配線抵抗ができるだけ小さくなる最短経路で配線を行いました。
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