8.5桁デジタルマルチメーター「Fluke 8558A」の導入

8558AというFluke製8.5桁のベンチトップ型マルチメーターを導入してみました。DMMの桁数は6.5桁もあれば十分だと思っていましたが、ここ最近の限界みのある電気計測では、6.5桁DMMでは分解能や確度が不足するということが起こるようになりました。また、マヌル猫氏曰く「8.5桁DMMは人生を豊かにする」ということで、ついに自分も8.5桁のベンチトップ型マルチメーターを導入することにしました。

導入した8.5桁デジタルマルチメーターについて

8558AというFlukeが販売している8.5桁DMMを導入しました。8558Aは、2019年にFlukeから発売されたベンチトップ型のマルチメータです。2024年現在、市販されている8.5桁DMMでは、最も新しい機種になります。8.5桁DMMとして最も有名なKeysight 3458Aとほぼ同等なスペックとなっています。また、より高確度な8588Aもラインナップされています。

8558A 8.5 桁 デジタル・マルチメーター | Fluke
8558A 8.5 桁マルチメーターは、研究室や製造検査の環境におけるシステム自動化のために、5 メガサンプル/秒の高分解能デジタル化を提供します。

高額ではありますが、現状では新規で高精度DMMを購入するなら最適な機種と判断し、導入を決めました。価格性能比が非常に高い機種だと思います。競合製品に比べて価格が安いため、順調に導入され始めたら値上げされる恐れもありそうと思ったり….

keysight 3458Aとの比較

8.5桁DMMというとkeysight 3458Aを思い浮かべる人が多いと思います。そこで代表的な機能や確度仕様の比較表を作成してみました。確度についてはどちらも条件による注釈が多く、完全に同一の比較はできません。あくまでも参考となりますが、確度仕様の比較を行いました。

機能8558A3458A
ウォームアップ時間3時間4時間
オプションなし
DCV確度 4.1ppm/年
ACV f.s. 1000Vrms
002: DCV高確度
 8ppm/年→4ppm/年
H001: 高電圧
 ACV 700Vrms→1000Vrms
Auto Cal不要24時間ごとに実施
確度仕様の規定相対確度と絶対確度が両方とも規定されている
信頼の水準 95%と99%両方とも規定されている
基本的には相対確度のみ規定
米国NISTに対する工場のトレーサビリティは、相対誤差に追加誤差を加算と記載されている
追加誤差はファンクションによって2~5ppm
測定ファンクションDCV,DCI,ACV,ACI,抵抗,周波数,デジタイズDCV,DCI,ACV,ACI,抵抗,周波数,デジタイズ
DCV 100 mV, 1 V, 10 V レンジ
入力インピーダンス
1TΩ以上、10MΩ、 1MΩ選択10GΩ以上
ACV 10 mV, 100 mV, 1 V, 10 V レンジ
入力インピーダンス
1TΩ以上、10MΩ、 1MΩ選択1MΩ
抵抗測定 低電流、高電圧ありなし
デジタイズ 電圧対応対応
デジタイズ 電流対応非対応
レシオ測定電圧、抵抗電圧
入力端子フロント端子、リア端子
通信コマンドで切り替え可能
フロント端子、リア端子
切り替えはスイッチによる手動
ディスプレイカラーグラフィックLCDVFDディスプレイ
インターフェースLAN,USB,GPIBGPIBのみ

DCVファンクションの確度比較表を以下に記載します。DCVファンクションでは、8558Aの読み取り誤差は3458Aと比較して小さくなっていることがわかります。一方で8558Aのフルスケール誤差は、3458Aと比較して大きめです。8558Aのフルスケール誤差が大きい理由として、フルスケール電圧が拡大されていることも要因の一つだと思います。レンジのフルスケールに対して10%以上の入力で用いる場合は8558Aの確度のほうが良い傾向があると思います。

DCVファンクション
レンジ
8558A、1年確度
信頼性の水準: 95%、Tcal±1℃±(読み値のμV/V+レンジのμV/V)
3458A、1年確度
Tcal±1℃
±(読み値のμV/V+レンジのμV/V)
100mV(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 4.0 + 2.0
絶対確度: 5.9 + 2.0
(>10GΩ)
相対確度: 9.0 + 3.0
絶対確度: 11 + 3.0
1V(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 4.0 + 0.4
絶対確度: 4.1 + 0.4
(>10GΩ)
相対確度: 8.0 + 0.3
絶対確度: 10 + 0.3
10V(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 4.0 + 0.06
絶対確度: 4.1 + 0.06
(>10GΩ)
相対確度: 8.0 + 0.05
絶対確度: 10 + 0.05
100V(Zin自動,10MΩ)
相対確度: 6.0 + 0.4
絶対確度: 6.1 + 0.4
(10MΩ)
相対確度: 10 + 0.3
絶対確度: 10 + 0.3
1000V(Zin自動,10MΩ)
相対確度: 6.0 + 1.3
絶対確度: 6.2 + 1.3
(10MΩ)
相対確度: 10 + 0.1
絶対確度: 12 + 0.1

ACVファンクションの確度比較表を以下に記載します。100V,1000Vレンジの読み取り誤差は3458Aよりも小さくなっています。10mV,100mV,1V,10Vについて3458Aの方が読み取り誤差が小さいことがわかります。ただし、100mV,1V,10Vレンジのフルスケール誤差は3458Aの方が大きいため、フルスケール電圧を入力した場合の総誤差はどちらも同じになります。

ACVファンクション
レンジ
8558A、1年確度
信頼性の水準: 95%、Tcal±1℃±(読み値のμV/V+レンジのμV/V)
3458A、1年確度
Tcal±1℃
±(読み値のμV/V+レンジのμV/V)
10mV(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 550 + 200
絶対確度: 570 + 200
相対確度: 200 + 110
100mV(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 80 + 10
絶対確度: 90 + 10
相対確度: 70 + 20
1V(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 80 + 10
絶対確度: 90 + 10
相対確度: 70 + 20
10V(Zin自動,1MΩ,10MΩ)
相対確度: 80 + 10
絶対確度: 90 + 10
相対確度: 70 + 20
100V(Zin自動,1MΩ)
相対確度: 80 + 10
絶対確度: 90 + 10
相対確度: 200 + 20
1000V(Zin自動,1MΩ)
相対確度: 130 + 30
絶対確度: 140 + 30
相対確度: 400 + 20

抵抗ファンクションの確度比較表を以下に記載します。8558AはHVモードという200Vを印加して抵抗を測定するモードがあるため、高抵抗でも高確度で安定した計測が可能です。

抵抗ファンクション
レンジ
8558A、1年確度
信頼性の水準: 95%、Tcal±1℃±(読み値のμΩ/Ω+レンジのμΩ/Ω)
3458A、1年確度
Tcal±1℃
±(読み値のμΩ/Ω+レンジのμΩ/Ω)
相相対確度: 15 + 4.5
絶対確度: 15 + 4.5
10Ω相対確度: 12 + 2.0
絶対確度: 12 + 2.0
相対確度: 15 + 5
100Ω相対確度: 10 + 0.6
絶対確度: 10 + 0.6
相対確度: 12 + 5
1kΩ相対確度: 10 + 0.6
絶対確度: 10 + 0.6
相対確度: 10 + 0.5
10kΩ相対確度: 10 + 0.6
絶対確度: 10 + 0.6
相対確度: 10 + 0.5
絶対確度: 13 + 0.5
100kΩ相対確度: 10 + 0.6
絶対確度: 10 + 0.6
相対確度: 10 + 0.5
1MΩ相対確度: 10 + 1.5
絶対確度: 11 + 1.5
相対確度: 15 + 2
10MΩ相対確度: 20 + 15
絶対確度: 21 + 15
相対確度: 50 + 10
10MΩ(HVモード)相対確度: 7.0 + 1
絶対確度: 15 + 1
100MΩ相対確度: 45 + 150
絶対確度: 51 + 150
相対確度: 500 + 10
100MΩ(HVモード)相対確度: 9.0 + 10
絶対確度: 60 + 10
1GΩ相対確度: 600 + 1500
絶対確度: 600 + 1500
相対確度: 5000 + 10
1GΩ(HVモード)相対確度: 30 + 100
絶対確度: 150 + 100
10GΩ(HVモード)相対確度: 500 + 1000
絶対確度: 525 + 1000

様々な仕様の比較を行いましたが8558Aを導入する決め手となったのは、その価格です。2024年現在は、3458Aの半分くらいの価格設定となっています。数年前は3458Aも、もう少し安かったんですけどね…

mouser掲載の3458Aの価格はこんな感じ。高い…

相対確度と絶対確度について

相対確度には、校正に使った標準器の不確かさは含まれていません。例えば、デジタルマルチメーター (DMM) の仕様が相対確度で示されている場合、この測定器自体の不確かさだけを示します。一方、絶対確度には、校正に使った標準器と測定器の両方の不確かさが含まれています。つまり、トレーサビリティ全体の不確かさが示されています。個人的にすべての条件に対して絶対確度が記載されている8558Aは、確度計算がしやすく便利だと感じました。

導入と運用

高額商品なので正規代理店経由で購入しました。これで修理・校正も安心です。今回は、ちょうど在庫があったため注文後約1.5か月で納品されました。

箱も大きいですが、DMM本体も大きいです。34461Aと比較するとこんな感じになります。幅は34461Aのちょうど2倍、奥行きも1.5倍程度あります。

まず、設置場所を作るところから始めていきます。SUSのグリーンフレームを使って計測器ラックを作りました。計測器ラックは自宅で運用している標準器が搭載できるように設計しました。

計測器ラックは作業台の下にピッタリ収まる寸法にしてあります。

8558Aは新しいだけあって、UIが使いやすいですね。設定によって使用する入力端子の周りがLEDによって示される機能も便利です。また、インターフェース類も近代化されているため、通信による制御も簡単なのがよいところだと思います。

USBメモリに直接データを保存できる機能も便利です。トレンドデータやデジタイズ後のデータを直接USBメモリに保存することができます。ただ、8558Aにはスクリーンショット機能がない…Flukeのサポートに問い合わせてみたのですが「そのような機能はない」という回答。これは、スクリーンショットなんて使わず生データを解析に使えというFlukeのこだわりなのかもしれません。USBメモリへのデータ保存機能があるんだから、スクリーンショット機能くらい実装しておいてほしかった。やっぱり簡単なデータの記録にはスクリーンショットを取るのが手早くて便利だと思います。

温度に対する安定性が非常に高いですね。特に微小な電圧レンジになると温度変化の影響を受けやすいのですが、安定して測定できます。

8558Aを用いた計測事例

こちらの同人誌では、8558Aを用いて抵抗測定結果の比較を行っています。

計測標準と計測結果の信頼性評価について解説した限界計測本を作成しました。詳しい校正方法や不確かさの算出方法に興味がある方は参考にしていただければと思います。34461Aと標準抵抗器(ASR-101)を使った抵抗標準の運用手法を例に、不確かさ評価の実例を紹介しています。

電気計測における不確かさ評価の基礎と実例 - Yoshikiyo Lab - BOOTH
計測標準と計測結果の信頼性評価について解説した限界計測本です。34461Aと標準抵抗器(ASR-101)を使った抵抗標準の運用手法を例に、不確かさ評価の実例を紹介します。

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