ヤフオクにYHP(現Keysight)製のハイレジスタンスメーター4329Aが出品されているのを見つけました。状態は悪いものの、修理すれば十分に使えると思い落札してみました。
ハイレジスタンスメーター4329Aはサービスマニュアルが公開されており全回路図を参照することができるようになっています。サービスマニュアルを公開してくれているKeysightさんに感謝しつつ、このマニュアルを手掛かりにレストアにチャレンジしてみます。
ハイレジスタンスメータ4329A
この測定器は高抵抗を測定するための、いわゆる絶縁抵抗計の一種です。一般的な絶縁抵抗計が測定できる抵抗範囲は数kΩ~数MΩ程度です。一方のハイレジスタンスメータ4329Aは500kΩ~20PΩという非常に広範囲かつ大きな抵抗値を測定することが可能です。
また、この測定器には抵抗測定と電流測定のモード切替スイッチが備わっており、スイッチを切り替えることで測定対象に流れている電流値を測定することができるようになっています。電流測定モードとすることで高感度な微小電流計としても利用できるというわけです。
1970年代に日本で設計・生産された測定器のようです。そのためか銘版には「TOKYO JAPAN」の文字が見られました。メーカー名が「YOKOGAWA HEWLETT-PACKARD」となっているため、横河電機とヒューレットパッカードが合弁会社を設立し運営していた時代に設計・製造されたことがわかります。海外向けに出荷された4329Aからは「YOKOGAWA」の文字が消えているそうなので、この4329Aは日本国内に向けて出荷された製品ということだと思われます。
製品仕様
日本語の取扱説明書から測定に関する仕様を抜粋したものが以下の画像です。4329Aは出力電圧を可変して出力できる仕様です。出力する電圧によって測定できる抵抗範囲が変わる仕様となっており、出力電圧を高く設定するほどより高抵抗を測定できるようになっています。
内部ブロック
測定系のブロック図をサービスマニュアルから抜粋したものが以下の画像です。測定用の高電圧発生部、電流検出部、メータードライバというような構成になっていることがわかります。
測定原理
4329Aは測定用の電源から高電圧を出力し、測定したい試料に印加します。この時、測定試料を流れる電流を測定することで絶縁抵抗値を測定するという仕組み。測定の原理自体は非常に単純でシンプルです。
4329Aに流れ込んだ電流は、測定レンジに対応したシャント抵抗器に流れて電圧変換される仕組みです。20uA~2pAの電流を10kΩ~100GΩのシャント抵抗器で電圧に変換します。検出電圧は、各レンジ200mVになるように構成されています。この電圧を後段のパラメトリックコンバータ(パラメトリック増幅器)に入力して増幅し、メータを駆動するという回路構成のようです。
レストア
落札時の状態確認
パット見でわかりますが、状態が良いとは言えないですね….それを承知の上で落札しているので文句はないんですけどね。
表面には剝がされたシール跡や、長年使われてきたことによる汚れが目立ちました。軽く見積もっても40年ほど前の製品ですし、まぁこればっかりは仕方がないと思います。そうは言っても、目立った破損が無いことから丁寧に取り扱われていたことがわかります。
メータ表示部分の印刷に剥離が始まっていました。これは非常に厄介です。まだ印刷が剥がれ落ちていないというのと、振動などを与えても変化がなさそうなので今回はそっとしておくことにします。古い測定器のメータ部分は、下手に触ると取り返しのつかないことになってしまう恐れがあります。注意して取り扱うようにしましょう。
分解、清掃
まず、カバー類をすべて外して清掃を行いました。取り外し可能なカバーやフレーム類はすべて本体から取り外して中性洗剤を用いて超音波洗浄を行いました。樹脂製のナットを用いて固定されている構造のためナットを損傷しないように注意が必要でした。”樹脂製のナットは壊れやすい”ということが想定されているようで、予備の樹脂ナットが2個上部のパネルにセットされていました。これにより、ナットが壊れてしまったとしても交換して修理することが可能です。
フレームは鉄製で錆が浮き出ていて見栄えが悪くなっていました。機能上の問題は特になかったのですが、ピカールで研磨して錆を落としておきました。
フロントパネル周辺は部品が密集しており、パネル単体で超音波洗浄することができなかったので、ピンセットとキムワイプを用いて表面と溝の清掃を行いました。また、メータ周辺は精密なメカ要素が多く下手に触ることで壊してしまいそうだったので、取り扱いに注意しながら清掃を行いました。メータパネル部分は印刷が劣化しているので修理方法を確立させるまでは、そっとしておくことにします。
回路の動作チェックと部品交換
カバーやフレーム周りは汚れていましたが内部の回路には埃や汚れが少なく清掃する必要がほとんどありませんでした。開口部が少ないことファンが搭載されていないことで、汚染の原因となる微細な埃や塵が内部に入り込むことが無いという構造が良い働きをしていたものと思われます。
測定回路と電圧発生回路の基本的な動作チェックを行ったところ、電流検出回路は問題がなく動作していることがわかりました。しかし、出力電圧が設定通りに出力しないことが判明しました。不具合の原因を調査していくと、出力部に設けられた平滑用のオイルコンデンサ(C2)が劣化し内部の絶縁抵抗値が小さくなっていることがわかりました。
4329Aの高圧発生回路には電流を制限するために100KΩの抵抗器(R1)が直列に挿入されています。そのため、平滑用オイルコンデンサ(C2)の絶縁抵抗値が低下すると過剰な電流が流れてR1で発生する電圧降下が大きくなります。この状態で電圧を調整できる範囲を超えてしまったため、出力電圧の異常となっていたようです。
仕方がないので、平滑用オイルコンデンサ(C2)を高耐圧のフィルムコンデンサに置き換えることで対策しました。
破損部品の製作
測定器の足となるスタンドパーツが一つ欠損した状態でした。残された足と同じ高さになるスペーサーをアクリル板で作ることにしました。5mm厚のアクリル板+ゴム足という構成にすることで高さをぴったりに調整することができました。
スペーサーはいつものように切削加工で製造。今回製作したパーツは、3Dプリンタがあれば全く同じ形状の樹脂パーツを製造できそうでした。3Dプリンター欲しくなるな….
測定用ジグの製作
高抵抗の測定では、非常に微小な電流を測定する必要があります。測定対象となる試料の抵抗値にもよりますが数nA~数pA程度であり、外部からノイズが混入してしまうと測定誤差が大きくなるという問題が生じます(そもそも、測定値がばらついてまともに測れない状態になることの方が多い…)。
以下参考文献
そのため、一般的には遮蔽箱(シールドボックス)を用いて測定対象となる試料を完全に覆った状態で絶縁抵抗値を測定するということが行われています。4329Aのオプションとして遮蔽するジグが販売されていたようですが現在は当然入手ができません。そこで同様の効果を持った遮蔽箱を自作していきます。
今回は、タカチ電機工業 TD型アルミダイキャストボックス TD7-10-3Nを利用して遮蔽箱を作成しました。高抵抗の測定では、静電遮蔽ができればよいためアルミ製のボックスを用いれば問題がありません。また、ダイキャスト製ということで箱に切れ目がないというのも好都合です。
BNCコネクタ用の穴とジョンソンターミナル用の穴を開けます。BNCコネクタは、ねじが金属製でシールドと接続されているものを用います。4329Aの電流入力用のBNCコネクタのシールドは、ガード電位となっています。したがって、ねじが金属製でシールドと接続されているBNCコネクタを用いることで、遮蔽箱本体をガード電位に接続することができ、測定試料をシールドすることができるというわけです。
TD7-10-3Nは塗装がされていない無垢なアルミ材です。したがって、何もしなくても蓋と本体の導通が取れるので便利です。ただ、測定試料を直接ケース内部に触れさせてしまうと測定電流の漏れが発生します。絶縁性の高いテフロンシートを測定試料の下側に敷くのが良さそうです。今回は手持ちの塩化ビニルシートを敷いておきました。
調整・動作確認
調整
サービスマニュアルの調整手順に従って4か所のトリマを調節することで調整を行います。必要なトリマは上部のカバーを外すことでアクセスできるようになっていました。
動作確認
許容差1%の高抵抗器を用いて測定確度に問題が無いかを確認しました。
今回用意した抵抗器は50MΩ,100MΩ,5GΩ,10GΩ,100GΩ,1TΩ,10TΩです。
すべての抵抗測定範囲を網羅することはできませんが、このあたりが確認できていれば趣味で用いる場合は概ね問題ないでしょう。
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